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13年目の萌し

東日本大震災から13年目を迎えました。

こんなにも寂しいカウントはこれ以上増えないで欲しい…。

そう拝み倒していても、なかなか叶わないものですね。

 

間もなく暖かい冬が終わりを告げ、(ここ最近はかなり冬のあがきを感じますが…)

季節は急速に緩やかな春を通り抜けていくことでしょう。

多くの草木が萌し始め、新たに芽生える瞬間を願うばかりです。

 

 

それは我々にとってもリスタートのきっかけ

何かを始めるのに“揺るぎない決意”とか“崇高な動機”なんて無くていい

成り行きで始めたくらいのものの方が、日ごと大切な何かに変わっていく

 

今回のことで

あの震災を経験した私たちであっても、気を引き締める思いを再認識いたしました。

「明日は我が身」なのではありますが、『決して同じ災害は起こらない』・・・肝に銘じて。

まさしく多種多様な災害、そしてそれらに適応・対応するアップデートが必要となるでしょう。

 

 

そして・・・

スタッフ一同、今年も『14時46分』に黙祷を捧げました。

 

忘れることのない時間…

私たち被災者にとっては10年目よりも節目の年に感じられ…

想いもより一層、重く感じられます…

 

【 事務所 】

 

【 練り製造室 】

 

【 包装室 】

 

【 野菜工場 】

 

 

『 I will pray for… 』

共に祈りを…
今年も様々な気持ちを抱えながら祈ることに…

7個☆集められたら『ねがい』ごと  叶うといいのに…

我が事成れりとはいかない世相に…  生きにくい世相に…

 

 

 

ちょっとだけ、まだ人間らしい人間であった頃を思い出してみてください。

まだ純粋無垢であったあの頃を。

困っている子・泣いている子がいれば自然と手を差し伸べていたあの頃。

見返りや恩返しなど考えもせず、がむしゃらに手を取り合っていたあの頃。

助けてあげた後に、ジュースやお菓子で打ち上げをする光景はあったのかな。

悩みを解決してあげる度に、活動費や運営費を求めることがあったのかな。

誰かのために汗をかくだけで、記念撮影したり投稿したりしていたのかな。

当たり前の日常で当たり前のルールの中で当たり前に接していたあの頃。

逃げ出してしまった正義が、せまりくる闇の中に溶け出してしまいそうになる。

 

 

 

 

「あきらめない」「前を向く」って口でいう程、簡単なことじゃない。

でも。。 それでも。。。

失っても失っても前に進んでいくしかないのです。

自分の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようとも、、、

歯を食いしばって前を向く。

それぞれ歩む速度は違えど、進む以外の道などないのです。

回り道でいい・・・。回り道には回り道にしか咲いていない花があることでしょう。

歩みを止めることの方が、後からしんどいってことは分かっているはず!

 

だから立ち上がる 何度も何度も立ち上がり続けてこその未来。

それが10年後でも20年後でも、あなたにとって “絶対的な未来”

 

自分が足を止めて蹲っても時間の流れは止まっていてはくれない。

共に寄り添って悲しんではくれない。

この先、選んだ道に、後悔がないかどうか、幸せかどうかは、自分で決めること。

自分の“正しい”と判断したことが“正しい”のであって、それこそが “輝かしい未来”

 

 

どうせこの世は寂しさの集合体。

人は誰かの言葉を待ちながら、暗く切ない夜を越えていく。。

なにもかもが素敵に輝いていて、もうこれ以上いらないはずなのに。。。

「またね」や「ありがとう」の言葉だけで、自然と光が溢れだしてくる。。。

きっとそれだけは何が起きても、消え去ることはないでしょう・・・。

ひとりきりじゃ何も意味がないから・・・。

 

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